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2011.08.23
三十年河东,三十年河西sānshíniánhédōng sānshíniánhéxī
三十年は川の東、三十年は川の西。
【意味】黄河は川筋がよく変わるので、元々川の東側だったところが何年かすると西側に変わっていたりする。世の中の盛衰は常に移ろい易いことのたとえ。
![素材No.2544231「蘭州の黄河と中山橋」 「蘭州の黄河と中山橋」の写真 [2544231]](http://image.pixta.jp/002/544/231/0/2544231.jpg)
2011.08.22
早朝レッスン開校して以来、仕事不規則な方々の大歓迎を受けました。
早朝レッスンを選らんだ方は、朝7:30からレッスンをスタートして、終わってからちょうど出勤の時間、或いは仕事の時間はちょっと自由に調整できて、朝9:00時~か10:00時~にレッスンを受けて、その後仕事に行く、というふうです。
退勤時間が不規則な私たちに合わせてるスケジュールはとても助かりますとの声をいただき、早朝レッスン開講してよかったな~と実感しました。これからも続けようと思います。
2011.08.19
二百五 èrbǎiwǔ(三声)
中国語では、「你真是个二百五」というなら、「貴方は本当に馬鹿です」という意味になります。「二百五」は日本語の意味ーー馬鹿、阿呆、無鉄砲な人になります。なぜこんな意味になったのか、語源は多かったが、もっと広く伝われている伝説をネットから引用します。
苏秦是战国时的一个说客,他身佩六国相印,一时很是威风,但也结下了很多仇人。
蘇秦は戦国時代の論客のひとりで、身に六カ国の首相の印を帯び、一時は非常に威風があったのに対して、敵も多かった。
后来,他终于在齐国被人杀了,齐王很恼怒,要为苏秦报仇。
その後彼は斉国で殺された。斉王は非常に怒って蘇秦のために復讐しようと考えた。
可一时拿不到凶手,于是,他想了一条计策,让人把苏泰的头从尸体上割下来,悬挂在城门上,旁边贴着一道榜文说:“苏秦是个内奸,杀了他黄金千两,望来领赏。”
しかし犯人をすぐに捕まえることができなかった。そこで彼は一つの計略を考え、人に蘇秦の頭を体から切り取らせ城門に掛けさせ、傍らに告示が貼ってあった。告示には、「蘇秦はスパイだった。彼を殺した者は、名乗り出れば黄金千両の褒美を与える」と書いた。
榜文一贴出,就有四个人声称是自己杀了苏秦。
告示を張り出すとすぐに四人の者が、蘇秦を殺したのは自分だと言いふらした。
齐王说:“这可不许冒充呀!”
斉王は「これは偽りだったら、大変なことになるよ!」と言った
四个人又都咬定说自己干的。
四人はみんな自分がやった、と言い張った。
齐王说:“一千两黄金,你们四个人各分得多少?”
斉王は「千両の黄金をおまえたちにあげたら、どのように分けるつもりだ?」と言って、
四个齐声回答:“一人二百五。”
四人が揃えて「一人250」と答えた
齐王拍案大怒道:“来人,把这四个‘二百五’推出去斩了!”
斉王は机をたたいて怒って「誰か来て、この四人の"250"を連れて行って斬れ!」と。
その後 二百五は「馬鹿・阿呆」の代わりに伝わってきた。
2011.08.17
百年大计 bǎi (三声)nián dàjì
一本の木を建材として使えるようにするためには、十年ないし数十年の歳月を要するが、一世代の人間を育てるのには百年かかる。教育の重要さ、その任務の重さを表している。勿論家を建てたり、大きな工事をしたりする時も、百年後のことを想定してやらなければならない。つまり、何をするにも、確実にしっかりしたやり方でやるべきである。
2011.08.16
本日から仕事が始まりました。
いつも賑やかの教室の周りですが、今日はやや静か。休み中の会社はまだ多いかな~。
本日レッスンに来られた生徒さんたちは、「休み中何をしましたか」との質問に対して、「実家に帰って家族と一緒に過ごした」、「家族と海に行ってきました」など。
日本では、「家族サービス」という言葉がありますね。週末や連休の時に家族と一緒に過ごしたり、家族のために何かをしてあげたりするなど。
多くの中国人は「家族サービス」との言葉はなかなか理解できません。普段の仕事は家族のためなのに、なぜ週末や連休にも家族のためにいろいろしなければならないの~?自分の休みは何時なの~?などなど。
なかなか説明できません。文化の違いだけかな~
2011.08.12
お盆休みがやっと来た。
予定は12日から15日までですが、本日12日(金)8レッスンが入ってきた。明日から3連休。久しぶり朝寝坊できるし、大好きなDVDも観賞できるし、良かった!!楽しみに~!!
2011.08.11
不管三七二十一 bùguǎnsānqīèrshíyī
戦国時代、秦は強くなり、他の国々を伺っている。
蘇秦という若者が、一団となって、秦に対抗しとうと、秦以外の六カ国を遊説し回っていた。
ある日、蘇秦は斉の都である临淄に到着し、斉王に会い、説得を続けた。
「大王、今我々諸国は一団となって、秦に対抗するほか、生き延びる道はない」
斉王「しかし・・・斉には秦に対抗できる兵力がないよ」
蘇秦「十分にあるよ!临淄だけで七万世帯が住んでいるじゃない?一世代には三人の男子が服役すれば、二十一万!!これだけで秦に十分対抗できるよ!!!」
蘇秦の計算は明らかに間違っている。七万世帯といっても全部が三人の男子を出せるとは限らない。女の子ばかりの家庭もいれば、子供のない家庭もいる。そして、男子と言っても老弱病残もいるし。
その後、“不管三七二十一bùguǎnsānqīèrshíyī”を皮肉な比喩として今まで伝えてきた。
現在、意味的には「無鉄砲なことをする」「無鉄砲な人」「理非曲直を問わず」になり、日常生活でも使うようになりました。


2011.08.10
三顾茅庐sāngùmmáolú
有名な《三国志》にある話である。劉備が諸葛孔明を軍師を迎えようと、彼の住む草庵を三度尋ね、ようやくその誠意を理解された。
人に物事をお願いするときには、礼を厚くして頼むべしと我々に教えてくれる。政治的な目的のためとはいえ、誠意を尽くすという意味では、劉備は後世の人々に手本を作ったと言えよう。
2011.08.09
八仙过海 各显神通 bāxiānguòhǎi gèxiǎnshéntōng 注: 三声は表示できません 
「八仙」とは、古代中国の伝説に登場する八人の仙人のこと。広い世界という海を渡るには、人それぞれの才能を生かして競いあうべきだとの意味。
それで、「流行」や「ブーム」とか言った言葉を想起するが、流行に乗るときは、世の中ではもはや流行ではなくなっていることが多い。流行を作ったりブームを起こしたりするのは難しいかもしれないが、流行に乗るだけではたいてい成功へは繋がらないでしょう。自分の個性を発見し、それを生かして頑張っていくのは成功の唯一の近道でしょう。